お茶の水女子大(東京都文京区)が4月、「ジェンダード・イノベーション研究所」を設立しました。ジェンダー(性差)の分析に基づきイノベーション(技術革新)を起こすという意味です。男女の性差の視点を考慮した研究を進め、新たな製品やサービスの開発を目指す全国初の研究所です。見過ごされてきた性差が、人の生活や命にも関わることが分かってきたからです。 (増井のぞみ)
◆無意識のうちに男性基準
ジェンダード・イノベーションは二〇〇五年、米スタンフォード大のロンダ・シービンガー博士が提唱しました。これまでの研究開発の多くは男性が担ってきたため、無意識のうちに男性を基準として進められ、性差が見過ごされている。そう問題提起したのです。
その後、さまざまな分野で性差が見過ごされてきたことが明らかになりました。まず医学分野では、多くの臨床試験で女性の参加者が少なく、マウスなどの動物実験でもオスを主に使っていたことが問題視されています。女性やメスの実験動物は、妊娠や月経周期などの影響を受けやすくデータが安定しないからと、避けられてきたのです。その結果、男女で薬の効き方が違うことが見過ごされてきました。
例えば「ゾルピデム」という睡眠導入剤を飲んだ場合、女性の方が排出されにくく、居眠り運転をする人の割合が男性の五倍高いと判明しました。米国食品医薬品局(FDA)は一三年、ゾルピデムの女性の量を男性の半分にし、ボトルを男女で色分けしました。
さらに、英国のエリザベス・ポリッツァー博士は一三年、人の体の細胞レベルで機能に性差があると英科学誌「ネイチャー」に発表しました。
また工学分野では、車の衝突事故で女性ドライバーの方が男性ドライバーよりも重傷を負う確率が47%高いという一一年の米国での調査があります。当時、米国のシートベルトの衝突実験では、主に中型の成人男性の体格に合わせた人形が使われていました。
性差は生物学的なものだけでなく、社会学的なものもあります。スマートフォンなどで質問に答える人工知能(AI)アシスタントの音声の初期設定は女性の声が多く使われます。ジェンダード・イノベーション研究所の石井クンツ昌子所長=顔写真=は「女性は従順で扱いやすいというバイアス(偏見)を助長させるものではないか」とみています。
欧米では、科学研究の助成金を得るときや論文を投稿するときに、性差を考慮するよう義務づける流れですが、日本は遅れています。そこで、お茶大は研究所を設立しました。十八人体制で、文理融合研究に取り組みます。
斎藤悦子教授(生活経済学)は、介護保険制度の下で貸与される車いすの利用者の性差を数年前に分析しました。結果は、介護保険受給者は女性の方が多いのにもかかわらず、男性ほど車いすは貸与されておらず、介護度が上がるほど男女差が大きくなりました。
最も手厚い支援が必要になる「要介護5」では、介護保険サービスを受給している男性全体のうち、車いすを利用している男性は13・9%、同様の女性は8・8%と5ポイント開きました。斎藤さんは「理由ははっきりしていないが、介護用車いす利用には介助者が必要なこと、費用の問題、女性の体形に適していないということも考えられる」と話します。今後は企業と協力して、原因を分析し超高齢社会に適した製品開発ができればと考えています。
太田裕治教授(医工学)は、歩行の転倒リスクを調べるため十年以上前から、中高年の男女約千人の靴に圧力センサーを着けて動作データを集めてきました。「性差の視点を入れれば発見があるかもしれない」と研究を見直します。また、斎藤さんと太田さんはキッチンの環境改善も目指します。二十〜九十歳代の男女二十五人の調理動画を撮影してアンケートを取って分析し、体に負担の少ないキッチンの設計を検討し始めました。
性差を考慮した研究は、従来の研究に比べ時間やお金がかかることや、手間をかけ調べた結果として性差がないことも想定され、あまり進んできませんでした。
石井クンツ所長は身長一四九センチで、いすに座ると足が床につかず困ることが多いといいます。「性差は年齢や人種などの多様性の一部。将来は性差からさまざまな多様性へと研究を発展させ、一人一人の多様な幸せを構築できる社会にしたい」と意気込んでいます。
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