「一人前の茶商に」日々専心 東京の広告会社勤務を経て約3年前、実家で創業51年の市川園(静岡市駿河区)に就職した市川桃子さん(28)。男性中心の茶業界で戸惑いとやりがいを感じながら、日々の仕事に打ち込んでいる。9月に鹿児島県で開かれた全国茶審査技術競技大会(闘茶会)に、静岡茶業青年団初の女性団員として出場した。市川さんは「茶商として力をつけ、女性が活躍できる業界に変えていきたい」と未来を見据える。
Uターンのきっかけは新型コロナ禍。感染が拡大し始め、東京での生活に不安を抱き始めていたころ、父で社長の真太朗さん(53)から連絡があった。「戻ってこないか」。大学の卒業論文で日本茶の消費をテーマにするなど、家業への関心は持ち続けてきた。25歳で静岡に帰った。
しかし就職後は、茶業の厳しさを味わう日々が続いた。早朝から仕入れに同行し、製造ラインで茶と向き合う毎日。男社会の業界で、不安を打ち明けたり、助言を求めたりすることが難しく、ふさぎ込む時間も多かった。
今年の青年団入りが転機になった。市川さんは「とても前向きになれた」と振り返る。団員36人の中で女性は2人だけ。それでも、先輩団員は親身になってさまざまな相談に乗ってくれた。団の主な活動の一つである闘茶会出場の目標が生まれ、茶業の奥深さを知ることもできた。
終業後に団員らと練習を重ねて見事、全国大会への切符をつかんだ。同僚で、共に全国大会に出場した桜井雄太さん(42)は「とにかく勉強熱心。茶に向き合う姿勢は貪欲そのもの」と目を見張る。7年ぶりに団体優勝し、市川さんも段位獲得の成果を残した。
自社で商品開発にも挑戦したいという市川さん。「女性だから、ということで壁を作られたくはない。もっと実力をつけ、若い世代に向けて静岡茶のおいしさを伝えられる茶商になりたい」と話す。
■全国茶品評会大臣賞
V3へ仲間と連携
深蒸し煎茶の部 山東茶業組合(掛川)
深蒸し煎茶の部で農林水産大臣賞に輝いた掛川市東山の山東茶業組合。世界農業遺産に登録されている「静岡の茶草場農法」を実践する組合は、全国茶品評会での大臣賞で2年連続7回目と強さを見せた。
東京都優良茶品評会で3連覇した同市伊達方の茶商「山啓製茶」からも一緒に盛り上げようと声をかけられていて、その期待に応えた。伊藤智章代表理事(55)は「どこの産地も頑張っているのでプレッシャーはあった」と振り返り、「茶葉をもんだ感触が例年と違ったが、工場長がふかし具合の調整を素早くして対応してくれた」と分析する。
同組合は60歳定年制を取り入れている。30~40代のもみ手の成長もめざましい。伊藤代表理事は工場内の人間関係を大切にしているといい、大臣賞受賞を共通の目標に据えて若手らを気にかけてきた。
伊藤代表理事は「来年も頑張りたい」と熱く語る。地域や仲間と連携し、3連覇という新たな目標へ歩みを進めている。
産地再興の契機に
普通煎茶4キロの部 小沢晃さん(静岡)
全国茶品評会の普通煎茶4キロの部で最高賞の農林水産大臣賞を受賞した小沢晃さん(69)。生まれ故郷で半世紀続けてきた茶栽培でつかんだ初の栄冠を、産地再興の契機にしたいと願う。
本山茶の産地として知られる静岡市葵区有東木。安倍川にほど近い傾斜地の茶畑は、朝晩の寒暖差が大きく霧が濃い。小沢さんは「ここは滋味深く、山らしい茶ができる」と胸を張る。
ただ、生産者の高齢化や後継者不足が深刻な課題となっている。昨年9月の台風15号で地域の共同茶工場が被災した影響で、受賞直後に近隣の茶農家でつくる生産者組合が解散した。
今大会の出品茶も栽培放棄地となっていた茶畑で栽培した。「いい茶畑も誰も手をかけないと荒れ果てる。逆にきちんと育てれば、それに応えてくれる」と語る。
長年の夢だった大臣賞受賞がかなった。「でも一番大事なのは、本山茶の歴史と文化をつないでいくこと。今回の受賞がその後押しになればうれしい」と言葉をかみしめる。
県内入賞者・団体
【普通煎茶10キロ】2等 丹野園丹野浩之(川根本町)▽3等 かわね山処苑小平史郎(同)春野茶振興協議会杉地域茶生産組合組合長藤盛秀行(浜松市)川根たっちゃん農園橋本立生(川根本町)天竜茶研究会太田昌孝(浜松市)天竜茶研究会丸芝製茶協同組合組合長大石顥(同)
【普通煎茶4キロ】1等 静岡本山茶小沢晃(静岡市)相藤農園相藤直紀(川根本町)つちや農園土屋鉄郎(同)丹野園丹野浩之(同)▽2等 春野茶振興協議会栗崎貴史(浜松市)相藤園相藤令治(川根本町)天竜茶研究会太田昌孝(浜松市)▽3等 天竜茶研究会太田勝則(同)春野茶振興協議会栗崎克之(同)山二園後藤裕揮(沼津市)荒井園新井智(御殿場市)静岡本山茶お茶しま専科内野清己(静岡市)静岡本山茶海野製茶海野敏郎(同)静岡本山茶森内茶農園森内吉男(同)小林園小林裕直(富士市)茶工房豊香園細川豊(静岡市)茶工房水声園望月哲郎(同)
【深蒸し煎茶】1等 農事組合法人山東茶業組合代表理事伊藤智章(掛川市)原っこクラブ代表鈴木信祐(牧之原市)小沢原茶農業協同組合工場長青山充(菊川市)農業生産法人掛川中央茶業青年部(掛川市)農事組合法人掛川城南茶業組合代表理事角皆一弘(同)▽2等 まるまき代表鈴木達也(牧之原市)農事組合法人東山茶業組合代表理事杉山裕朗(掛川市)やまま満寿多園取締役副社長増田君枝(御前崎市)赤土原茶農業協同組合代表理事組合長植田一弘(菊川市)農業生産法人掛川中央茶業研究部会(掛川市)山七大石製茶大石直弘(牧之原市)まるやま農場部長北島憲(掛川市)山七大石製茶大石章男(牧之原市)農事組合法人中山茶業組合代表理事鈴木将弘(掛川市)マルサダ製茶代表大石定男(牧之原市)▽3等 夢路松下園松下彰(掛川市)大井川農協青壮年部島田支部支部長宮村智久(島田市)原田総合製茶工場長高野大介(掛川市)農事組合法人東山茶業組合工場長杉山敏広(同)JAハイナン青壮年部榛原支部代表横山嗣人(牧之原市)やまま満寿多園顧問三倉豊博(御前崎市)まるやま農場深蒸し茶研究会(掛川市)JAハイナン青壮年部榛原支部代表西井康通(牧之原市)やまま満寿多園代表取締役増田剛巳(御前崎市)まるまき代表取締役社長秋山治幸(牧之原市)JAハイナン青壮年部榛原支部代表白松孝之(同)富士東製茶農業協同組合代表理事平井文男(掛川市)原田総合製茶代表取締役佐次本康行(同)大地の会代表荒畑賀範(牧之原市)小沢原茶農業協同組合代表理事組合長永田秀実(菊川市)
【玉露】3等 天竜茶研究会太田昌孝(浜松市)
◇産地賞◇
普通煎茶4キロ①川根本町③浜松市▽深蒸し煎茶①掛川市②牧之原市③菊川市
手もみ茶の継承と可能性探求
元全国手もみ茶振興会長 平柳利博さん
茶業の傍ら、1995年に県茶手揉保存会に入会し、手もみ茶の文化継承や歴史的な検証に尽力した。「静岡には保存会が18支部、八つの流派がある。それだけ産地が多岐にわたり、各地に茶文化があるということ」と語る平柳さん。
2019年から今年2月まで同会長を務め、新型コロナ禍での難しい組織運営でリーダーシップを発揮。大正時代から続く皇室献上茶の謹製や後継者養成事業の継続に貢献した。活動は県内にとどまらず、全国手もみ茶振興会長も歴任した。
手もみの製法について平柳さんは「茶づくりの基本であるだけでなく、新商品の開発にも有効な手法」と説く。少量で自在に製茶法を試行錯誤できるため、自らの茶業にも生かしてきたという。「静岡茶にはまだまだ可能性がある。手もみという古い製法を顧みることで、その幅が広がるはず」と語る。
富士市。69歳。
和紅茶生産 震災機に挑戦 静岡の第一人者が後押し
宮城・石巻の茶店
宮城県石巻市に約400年の歴史を刻む「桃生(ものう)茶」で和紅茶を作る茶店がある。お茶のあさひ園(同市)を運営するファーム・ソレイユ東北は、2011年の東日本大震災を機に“国産紅茶の第一人者”村松二六さん(83)=静岡市駿河区丸子=の後押しで製造技術を確立させて昨年、東北初の本格的な発酵茶工場を開設した。同社の日野朱夏さん(31)は「村松さんの製法を継承し、復興が続く地域を盛り上げたい」と話す。
同店は震災で店舗が全壊した。日野さんは再建する中で「東北を地元特産品で元気にしたい」との思いを強くした。煎茶商品が世にあふれる中で着目したのが、若年層にアピールしやすい和紅茶。「kitaha(キタハ)」と名付け、開発に着手した。
紅茶のノウハウ習得に向け、国内で初めて紅茶用品種「べにふうき」栽培を成功させた村松さんの門をたたいた。朱夏さんの夫で工場長を務める優介さん(32)が村松さんの茶工場に通い、製法や和紅茶の歴史、機械の使用法を学ぶ日々が続いた。これまで全国の茶農家に技術を伝えてきた村松さんは、厳しい冬を乗り越えて育つ桃生茶を評価。「香りや甘みに独特の個性を感じた」と振り返る。
あっさりとした味わいやほのかな甘みが特徴のキタハはファンを増やした。2019年に大阪で開かれた20カ国・地域首脳会議(G20サミット)では、夕食会メニューに選ばれた。
朱夏さんと村松さんは今年、世界緑茶協会主催の「O-CHA(オチャ)パイオニア賞」にそれぞれ選ばれ、偶然の同時受賞を喜んだ。朱夏さんは「東北では紅茶作りに興味を持つ人が増えている。学んだ製法を広め、活性化につなげたい」と言葉に力を込める。
(天竜支局・平野慧)
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